ほしいものぜんぶてにいれる

きみにはそうあってほしいとおもう

ほなまたな!

って、笑って言えるわたしでありたい。
批判的な意見もあっていい、事実を事実として受け入れることはある程度必要だとは思うけれど、納得できない人は一生納得なんてしなくていいと思う。
だけどわたしは。わたしはね。

彼が敢えて退所という選択をしたことには多分意味があって。いくらも選択肢はあるなかで、一番厳しい選択だってことはきっと分かっていて。
関ジャニ∞渋谷すばるです」
関ジャニ∞ってアイドルグループやってます」
「バンドじゃなくてアイドルやから」
ってスタンスを貫いてきた彼が、今、それを手離す選択をしたってことは。ソロ活動の中で得たものはもう充分関ジャニ∞に持ち帰った、満足したってことなのかなあとか。関ジャニ∞としてやりたいことはもう無くなってしまったのかなあとか。
これから彼が一人で、これまで以上に音楽に命懸けて、学んで、産み出していくものは、彼が、表現者として、ただ自分が、渋谷すばるという一人の表現者として表現したいもので。それは関ジャニ∞に持ち帰る必要がない、のか、持ち帰っても仕方ない、のか、まあそういうところなのかなあと思うのであり。関ジャニ∞は、アイドルの、ジャニーズとしての彼にとっては居場所で、大好きで大切な、守るべきものだったって信じているけれど。そういう存在であったと同時に、渋谷すばるという一人の人間として原点に立ち返ってみると、鍵のかかった鳥篭だったのかもしれないなあ、とか。例えばソロ活動や、近年の音楽に特化した活動が、その鍵を開けてしまったのかもしれないけれど。
まあでも確かに自分の人生なのだから、彼には選択する権利があって。
実は大倉くんの言葉を理解するのに時間がかかったのだけれど(読解力の欠如がつらい)、すばるくんがその選択をすることで、他のメンバーの人生も変わっていくわけで、それを考えた上で、それでも自分の人生を優先させてもらったと言うから、だったら、自分のことだけ考えて決めたんじゃなくて、俺らのことも考えて決めたんだったら、ってこと、だよね。
つまりはすばるくんは、今まで関ジャニ∞を大きくするために、色んなものをグループに持ち帰るために、ソロ活動だって音楽活動だって色々やってきていて。関ジャニ∞はまだまだ大きくなれるけれど、そのために自分ができることはもう無くなったってことなのかなあとか。

まあ、誰が何を考えたって結局全部推測で。ほんとのほんとに根っこところは多分7人にしか分からなくて。外野が何を考えたって、そこにはマイナスの感情がたくさんあって、結局邪推にしかならないなって思ってて。だから、もうあんまり考えないでおこうとか。このことに関して記事を書くのは、一旦終わりにしようと思いながらぽちぽち文字を並べているのですが。

別に事務所に戻ってきてほしいとかグループに戻ってきてほしいとか、いや、もちろん今は思っているけれど、でもそう決まってしまったものをなんとか受け入れようと日々泣き暮らしている今を踏み躙るみたいに戻ってくることはむしろ許せなくなると思うのだけれど。まあもちろん彼がそんな中途半端なことはしないとわかった上で。でも、ただ、関ジャニ∞渋谷すばるではなくて、渋谷すばるという一人の表現者として、いつかまた、すばるくんが関ジャニ∞のために音楽をしたい、音楽を作りたいって思ってくれる日が来たなら。そうしたら、泣いちゃうだろうけど、それでもなんとか笑っておかえりって言えると思うから。まあ、それを6人が許すのかどうかは分からないけれど、きっとすばるくんのこと大好きな皆だから、喜んで迎え入れるだろうと思うし。

だから、彼が関ジャニ∞という冠を外して、ジャニーズ事務所という大きな庇護の下から飛び出していく日には。
すばるくん、ほな、またな!って。
笑って言えるわたしでありたいと思うのである。